愛と執着心の違い

12月 13, 2017
その気持ちは愛情なのでしょうか、執着心なのでしょうか。愛情が執着心に変わると同時に、相手は大切な存在から自分のためだけにあるべき存在へと変貌を遂げます。 その人を失うのを極端に恐れるようになるのです。どういうことなのか、もう少し詳しく見ていきましょう。

愛情というのは時として激しく、コントロール出来なくなりがちです。そして気づかないうちに執着へとすり替わってしまうのです。

執着に囚われているのか、深い愛情を感じているのか、自覚するのは容易ではありません。

今回は愛情と執着心の基本的な違いをいくつか紹介します。きっと役に立つでしょう。

愛情か執着心か

独占欲

カップル

他人に対して執着心を持っていると独占欲を自覚することがあるかもしれません。どうしようもないほど二人の関係にこだわり,他人を寄せ付けない場合が当てはまります。

 

そんな時は独占欲に溺れています。何もかもを支配したいと思うときにこの気持ちが沸き起こります。その結果、二人でゆっくり楽しく過ごすのではなく、猜疑心の塊になってしまいます。

一方、二人の関係においていかに素直になれるのかに価値を見出すのが愛情です。

 

執着心と自尊心

自尊心が低いと執着を引き起こしやすくなります。満足を知らないのです。ないものねだりをする結果,執着心に囚われるのです。

自分を見失ってはいけません。誰かがいなくては,自分が自分でいられないというのは錯覚です。あなたはあなただけで、れっきとした「あなた」なのです。

 

受け入れること

カップル

恋人と破局を迎えるときには,常に痛みが伴います。誰しも乗り越えなくてはなりませんが、やがて受け入れられるようになります。

執着心を持っているとそうはいきません。心は痛くて悲鳴を上げているのに,その痛みに自分でしがみついてしまうのです。感情に流され,囚われてしまいます。カウンセリングを受けるまでは現実を直視できないことすら、ままあります。

 

相手だって一人の人間

明白な事実のはずですが執着心を持っているとなると別のようです。

執着心により相手が自分の所有物のように感じられてしまいます。自分だけのものだと思い込みます。そして心の隙間を相手だけで埋めようとするのです。

 

その人が側にいるのが当然で、その人なしでは生きていけないと思い込みます。そのうち、相手が一人の人間であり物ではないということを忘れてしまいます。

 

相手が自由と権利を謳歌する姿を思い浮かべることができるなら、それは愛情と呼べるでしょう。

 

思い通りに相手を操る

あやつられるひと

時には片方が相手への興味を失うこともありえます。

愛情を持っているなら悲しむことでしょう。しかし、やがて別れを決意できるようになります。

 

執着心を持っていると、そうはなりません。むしろ相手が攻撃の対象になります。

自分への興味を失ったことに対して、相手に罪悪感を抱かせようと画策するのです。

 

コミュニケーションの大切さ

コミュニケーションと相手に寄り添う気持ちは,どんなカップルにとっても不可欠です。この2つがあることで,あらゆることがスムーズに運びます。

執着心が存在するとコミュニケーションがなくなる代わりに、相手が逃げるのではないか、見捨てるのではないか、置き去りにされるのではないかという不安だけが残ります。

ですから何も問題はないと振舞います。すべてはうまくいっていると取り繕い、その結果目の前の現実から目を逸らしてしまいます。

 

愛情と執着は似て非なるものです。

悲しみ

この2つの「愛情」と「愛情もどき」の区別はついたでしょうか。執着心に囚われれば結局のところ酷く傷つくだけです。

そういう気持ちは叶いません。たとえすべての状況が変わったとしても、完全に感情のコントロールを失うだけです。

 

そういう気持ちを持つ人間は誰にも変化を求めませんしそもそも変わってほしいとすら思っていません。ただただ相手に尽くすのみなのです。尽くしている自分が好きなのです。

そして我を忘れています。一つ執着心から逃れられる術があるとするならば,それは自分を見つめ直すということだけです。

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