精神的に大人になるってどういうコト?

7月 9, 2016
心は、年を取るにつれ円熟してゆきます。私たちは、傷ついたり、ガッカリしたり、失敗したりすることを通して、成長してゆくのです。

精神的に大人になるとは、人生は完ぺきではないと知りつつ幸せでいられることです。心の円熟は、人生の教訓を学び、前進し、人生を受け入れ、そのリズムを理解する中から生まれてきます。

それは、学び、変化し、成長するために、険しい坂を上り、人生で経験を積みながら自分のセルフイメージを強化し、私たちを居心地悪くさせることにどう対処していけばよいかを学んでいくことです。

時とともに、自分を愛することほど強力な愛はないということ、そしてそれが人生に向かい合うときの土台となることをあなたも理解することでしょう。

私たちは、人生の苦難を経験する中で精神的に大人になってゆきます。ストレス・嘆き・苦悩の時期を通りすぎるたびに、大きく成長していくなんて、面白いと思いませんか。

現代は、マスカラのつけ方から子育ての仕方、はたまた恋人の選び方まで、ほぼ何にでもマニュアルがついてくる便利な時代ですが、まだ『人生のマニュアル:大人になる方法』と題したはものは存在しません。このメッセージは、私たちにああすべきだ、こうすべきではない、これをしなさい、あれはだめと告げる、もろもろのマニュアルによってろ過され、取り除かれてしまうのです。

精神的に大人になるためには

私たちは一人一人ちがっており、『人生のマニュアル:大人になる方法』なんて本はない—つまり、どうやって成長しなければならないか、どうやったら成長するか、なんて一般的な方法論は存在しないのです。

「私自身に起こったことで、他の人を裁いたり責めたりする必要を感じなくなったとき、私は自分が大人になったと実感する」 アントニー・デ・メロ

精神的に大人になったというサインとは?

私たちが心の旅を続けていくうちに、これまでの人生でたどってきた道について思い返し始める時が必ずやってきます。精神的に大人になったというサインには、どんなものがあるのでしょうか。

いつサヨナラを言うべきかがわかる

精神的に大人な人は、人生は自由に生きる方がずっといいことを知っています。彼らは、自分の役に立たなくなったものをどうやって手放せばいいかを知っています。なぜなら、過去を振り返ることは、人生のチャプターを閉ざして心の傷を癒す妨げになる、ということに気づいているからです。

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いらないものにはサヨナラを

人生を受け入れて、心の痛みを癒す

心の痛みから学んだとき、感情的な過去を癒すために心の奥をのぞき込むことを怖れなくなり、ついに人生の中で一歩前進することが可能になります。

思ったり感じたりしていることを、どう伝えたらいいかわかる

心の奥をのぞくことを避けていると、過去のネガティブなできごとがあなたの現在を邪魔することを許してしまいます。これでは、ポジティブなことを受け入れる心のスペースがなくなってしまい、心が痛みます。それはひどい痛みなのです。

精神的に大人な人間の知的明晰さは、まだ大人になりきれていない人たちの怠惰さや、いつも変わらぬ混乱状態と、鋭い対照をなしています。心が大人の人間は、毎日の生活に生じる問題を効率よく解決していくことができるのです。

愚痴をこぼさない

精神的に大人な人間は、受け入れることと変わることの大切さを学んだ人たちです。愚痴をこぼすことは何の役にも立たないと知っています。

心にスペースを

押し流されることなく、他の人たちと共感できる

精神的に大人な人間は、自分の感情を管理することができます。

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過ちを犯しても自分を罰しない

過ちを犯すことは、最高の学習法です。自分の欠点を理解するのに役立つからです。精神的に大人な人は、自分に欠点があるからといって自分を罰したりしません。むしろ欠点を改善していく道を探します。

心の扉を開く

大人になるにつれ、心の扉を閉ざすことは成長を妨げるだけだと気づき始めます。心の扉は時として閉ざすことも必要ですが、時々開け放ってやることも大切なのです。

心の扉を開いて

精神的に大人な人間は、一人の時間をエンジョイし、他の人たちと時間をシェアする

以下の引用文は、チャーリー・チャップリンの言葉であるといわれています。実際に彼が語ったことかどうかは別として、人生の旅・大人になること・変化することついての美しい省察です:

私は、実際許しがたいような過ちも許してきた。かけがえのないはずの人たちを取り替えてきたし、忘れられない人たちを忘れようと努めてきた。私は、衝動的に行動し、絶対にそんなことはあり得ないと思っていたときに人々に失望した。だが、私も愛する人たちを失望させてきたのだ。

私は、笑うことなどできないと思ったときに笑った。生涯の友も得た。愛し、愛されてきたが、拒絶されることもあった。愛してもいない人から愛されたこともあった。

喜びのあまり大声を出し飛び回ったこともあった。愛のために生き、永遠の誓いを立てたが、その多くを破ってもきた。

音楽を聞いて、写真を見て涙を流した。声を聞くためだけに誰かに電話した。笑顔に恋したこともあった。時には、死ぬほどだれかを恋しいと思ったこともあった。

愛する人を失うことを怖れた(そして結局は彼らを失ってしまった)。それでも、私は生き延びたのだ!

そして今でも私は生きている!

私は単に人生を通過しているのではない。あなたもそうすべきではない。

生きなさい!!!

断固として闘い、人生を受け入れ、情熱を持って生きることはよいことだ。品格を保って敗北し、大胆に勝利しなさい。世界は勇気ある人たちのものであり、人生はつまらないものであるには短すぎるのだから。

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