決然と断れるようになる

8月 22, 2016
「いいえ」というべきときを知っているというのは大切なことです。きっぱり断れるようになりましょう。

最後に声を上げて「いいえ」と言わなくてはならなかったのはいつのことでしょうか。これは容易なことではありません。感情を解放するためには多大な勇気と多くの扉を開くことが必要ですが、これは簡単な作業ではありません。

多くの人が考えるのとは反対に、人間は時と共に変化していきます。
私たちの人格、価値観の変化によって、私たちは人生における困難によりうまく立ち向かえるようになるのです。

変化を恐れず、幸福や内なる平和、そして健康への新たなチャンスとして見られるようにするべきでしょう。

今回はぜひこれをよく考えてみてください。

「いいえ」と言うことを学ぶ:自由であること

もしも少し手を休めて、一日を通して口にする全ての「はい」と「いいえ」の数について考えてみれば、私たちは自分が本心を犠牲にして「いいえ」よりも多くの「はい」を口にしていることに気付くでしょう。

成長するということは、どのような状況でも礼儀正しく、要望に「はい」と答え、感謝をして思いやりを持つということだと一般には思われてきました。

さて、それは私たちを人として豊かにする立派な行為かもしれませんが、子どもたちには同時にきっぱりとした態度を取る方法も教える必要があります。説明しましょう。

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なぜ決然とした態度が重要なのか

自己主張というのは何よりも、私たちが自分の権利や意見、そして要求を、他の人に気を使いながら礼儀正しく守るための方法です。

これは、しかし容易ではありません。よりきっぱりした態度を取るためには、私たちはまず自分の限界をはっきりさせ、自尊心を守らなくてはなりません。

  • 一度自分の限界を知れば、それを守ることができるようになります。
  • 尊重すること、そして尊重されるということです。耳を傾けることだけでなく、また自分の要求や好み、何によって傷付いているかをはっきり伝える方法も知るということです。
  • 「私」という言葉を使うことを恐れないでください(「私はあなたがそんな風に話すのを聞くつもりはない」、「この状況は私を傷付けていて、これ以上我慢することができない」、「私は過小評価され、あなたが私を尊重していないと感じる」)。

断ることで起こりうること

あらゆる変化は、私たちの行動や変化への決断の結果起こりうることに対する想像からくる、不安や不安定さと共に訪れます。

  • 家庭内で「いいえ」言うことはもう少し複雑です。彼らは好ましくないと思えばはね付けることができるからです。
  • 仕事上の耐え難い状況で断ることで、職を失うかもしれません。
  • 我が子のよくない振舞いに十分だと言うことで、彼らは「愛していない」というようなことを言うようになるかもしれません。
  • 私たちはみんなよくない結果を恐れますが、それらを予期したり恐れたりする代わりに、よくないかもしれない状況に直面したらどう対応するのか、何が起こるのかと考えることをやめる必要があります。
  • 悪環境に留まることはしばしば、行動に出たり「十分だ」と口に出すよりも危険なことがあります。時には、信じられるかどうか分かりませんが、それはあなたが思い描いたよりもよい状況にあなたを導く道を切り開くこともあるのです。
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自分の価値観を把握していることの必要性

私たちの感情の整合性は私たち自身の価値観や信念に応じた行動と直接結びついています。

もしもいつでもぺこぺことして、自分の人生をただ他の人を満足させるために使えば、いつか本当の自分を見失ってしまう日がやってくるかもしれません。

  • 人生を素通りする道はありません。さて、明らかに、いつでも自分の望むようにいることはほとんど不可能だと誰もが知っています。いつも適切に自分の感じることや考えることを口にすることもそうです。
  • 私たちは信念を持ち、主義に基づいて、自分たちや他の人に敬意ある態度でいる必要があります。
  • 共存するためには、自分の心に耳を傾けながら他の人の要求に意識を払っていなくてはなりません。
  • 内なる平和とは私たちの尊厳と同じく、交渉の余地のないものです。もしも私たちが自分自身の人生で脇役に努め、他の人にいいようにさせておけば、私たちは自尊心を失い、それによって自己イメージは著しく傷つけられるでしょう。

あなたの価値観にしっかり足を付けてください。自分の内なる声を聞き、必要ならば「十分だ」と言うことを恐れないでください。

人間は変わりますが、一晩では変わりません。それはゆるやかなプロセスで、成長や成熟に向けたたくさんの小さな前進から成っているのです。

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