傷を癒すのは痛むけれど、痛みによって成長できる

9月 25, 2017
過去の出来事と折り合いをつけるためには、それから目を背けていてはいけません。心を癒すのは痛みを伴うものですが、また新たなスタートを切るためにはどうしても必要なことなのです。

心を癒そうとすると痛むのは、傷口に触れて治療しなくてはいけないから。

まだ癒えていない傷口を見ることを避けてしまうこともあるでしょう。まるで、無視していればいつか傷が消えてくれるとでもいうように。ところが、決してそのようなことはありません。

傷口に触れたくない人たちは、ずっと痛みを抱えたままなのです。目を背けていると、痛みを癒したりケアをしたりできず、傷口が閉じることもありません。

傷を治すための唯一の方法は、傷口が開いたまま、そのまま痛みを感じることです。

癒すことは痛むけれど、痛みは必要

人は誰しも生きていれば、立ち直るのに長い時間がかかってしまうような出来事に直面することがあります。

中でも最も辛いのは、人との関わりに関係する出来事ではないでしょうか。

例えば、大好きな人と別れたり、愛する人を失ったりすると、心の中が空っぽになってしまったようで大きな苦しみを感じるものです。

しかし、この傷を癒さずにずっと残しておきたいですか? どうして身体の傷のように自然に治っていくのを妨げようと思うのでしょうか?

人は逆境となるような出来事を受け入れることができず、傷口を癒すことを避けようとしてしまいがちです。その状況は人によって様々でしょう。

痛みから逃げようとする

crying woman

傷口が最も痛むのは、痛みから逃れられる場所を探そうとするときです。傷口が傷むのにまだ動こうとして、不幸の中にいることをいわば楽しんで治療を避けようとしてしまうのです。

このような状況では、自分は犠牲者なのだと感じるものです。「自分はなんて不幸なんだろう!」や、「なんで私には悪い事ばかり起こるの?」なんてフレーズを繰り返すでしょう。

私たちは犠牲者ではないし、世界が自分の敵なのでもありません。そのように考えてみても痛みが増すばかりです。どれだけ戦っても何も変わらないのだから、起こったことをそのまま受け入れなければ傷が癒されることはないのです。

他のもので気を紛らわせようとする

woman in sunset

しばらく辛い時間を過ごしていると、周りの人に「友達と遊びに出かけなさい」だとか、「家に閉じこもって自分を責めていないで、気を紛らわしてきなさい」などと言われたこともあるかもしれません。

犠牲者であり続けないためにはこういったことが役に立つことも確かですが、それを極端に受け止めて、物事を直視せず、何も起こらなかったかのように振舞っていてはいけません。これでは何も学ばなくなってしまうのですから。

別の物事に目を向けようとしても傷が消えることはなく、さらなる問題を作りだしたり、これまで以上に苦しむことになったりするものです。

 

経験の価値

sad woman

経験には大きな価値があります。だからこそ、傷が癒えるときには痛みが伴うけれども、私たちはこの痛みを通して何かを学び、成長し、前進し、成熟するのです。

風邪を引いて布団の中にいるときに健康のありがたみを感じた、という経験はありませんか?

世界が自分に厳しいと感じるときこそたくさんのことを学べるのだということです。

人は時に、人生が自動運転であるかのように生きてしまうことがあるため、本当に大切な物事に気が付くためには少し立ち止まってみないといけないのかもしれません。

傷を癒すときは痛むけれど、悪い経験も全くの無駄というわけではありません。うまくいっている時のありがたみを知ったり、人生を本当に楽しませてくれる小さな物事の美しさを感じたりする機会を与えてくれるのです。

痛みは人を成長させてくれるもので、避けて通ったり、無かったことにしたりすることはできません。その痛みには意味があるのです。

傷を受け入れ、きちんと注意を向けることで、より早く癒すことができるでしょう。そのため、苦しみの中でもがいたり、必要のない苦悩を長引かせたりする必要もなくなるのです。

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